由緒

氷川神社の由来

活動報告写真


八十三代土御門天皇の御代元久三年(一二〇六年)頃このあたりの領主豊島左衛門尉経泰が今の埼玉県大宮市の氷川神社から御祭神の素盞男命、稲田姫命の二柱の御分靈を奉じて石神井川畔の景勝の地であるこのところにお社をつくり代々おまつりしてまいりました。 豊島氏の没落後は土地の住民が中仙道の親宿である板橋宿の鎮守様として尊崇してまいりましたが、明治二十二年火災の為に之等の資料や証拠となる文献がなくなりました。お社は翌二十三年再建されましたが昭和二十年五月戦禍を蒙り全焼し、二十九年御造営奉賛会が結成され三十三年九月に唯今の鉄筋コンクリート、流れ造りの御社殿が竣工いたしました。 氏子区域が現在十九ヶ町に亘っております。